ポール・フィッシャー 1996年製 コンセルヴァトワールモデル
ポール・フィッシャー 1996年製 コンセルヴァトワールモデル
ネック:マホガニー
指 板:エボニー
塗 装:表板:セラック/横裏板:ラッカー
糸 巻:ロジャース
弦 高:1弦 3.0mm/6弦 3.9mm
〔製作家情報〕
1941年イギリス生まれ。オックスフォードに育ち、同地に工房を開きます。Robert Gobleのもとでハープシコードの製作を学び、またその他の楽器に対する造詣も深く、ヨーロッパ的な伝統に広く通暁した知性的な製作家として知られています。同国の名工デビッド・ホセ・ルビオの工房で1969年より職人としてギター製作に従事し、職工長としてPFのスタンプが許されます(PFのイニシャルが刻印されたルビオギターは現在も中古市場で愛好家の高い評価を得ています)。1975年に独立して工房を設立。最初はルビオ的な構造を踏襲したギターでしたが、これまでの研鑽とオックスフォード大学で学んだ経験をもとに、科学的な見地から音響と構造の関係を探求、独自の力木配置によるギターを製作し始めるようになります。その結果音色と音響は高度に洗練され、従来のギターでは得られなかった均整感、個性的な発音を備えた楽器となり、音響バランスにこだわる多くのプロギタリストたちから高い評価を得て、20世紀の最後に世界で最も売れたブランドの一つとなります。
〔楽器情報〕
ポール・フィッシャー製作 1996年製 Conservatoire(コンセルヴァトワール)モデル 640㎜のショートスケール仕様のUsedです。表面板内部構造に彼が「TAUT」システムと名付けた格子状の力木配置を採用したもので、伝統的なスペインギターとは大きく異なり、音響と構造におけるフィッシャー独自の現代性を確立したモデルとして発表当時非常に話題になったモデルです。
表面板上部(くびれ部から上)はサウンドホール上側に2本、下側に1本で計3本のハーモックバーを設置している通常のスパニッシュスタイルですが、表面板下部(ブリッジを中心とする、くびれ部より下側のエリア)は計4本のトランスヴァースバーが等間隔に設置され(うち一本はちょうどブリッジサドルの位置に設置されている)、これらと直角に交差するように11本の長短の力木が表面板の木目に沿って等間隔に隅々にまで設置されており、精緻な格子状構造を形成しています。これらの力木とバーの高さと大きさは高音側と低音側とで同じサイズで加工されており、全体が均質な振動特性を得られるような工夫がされています。ただしバー自体の高さは4本の中でブリッジサドル位置のものだけがわずかに高く加工されています。また裏板のバーは設置されている計4本のうちの2本がX状に交差するXブレーシングシステムを採用しています(裏板にこのシステムを採用するのは、いくつか例はあるものの珍しい)。レゾナンスはA~A#とやや高めの設定。格子状力木構造と言えばオーストラリアの製作家グレッグ・スモールマンが開発したギターが有名ですが、スモールマンは表面板の木目に対し45度の角度で力木を交差させることで、菱形状の格子構造を表面板に行き渡らせるように作られており、また表面板上部の構造においてもより強固で複雑なシステムで設計され、フィッシャーのここでの構造とは全く異なる発想で造られています。フィッシャーはスモールマンと比較するとスペイン的なものへの憧憬がまだ色濃く残っており、例えばバルセロナの名工フランシスコ・シンプリシオの独創的な分割楕円サウンドホールのモデルを上記の「TAUT」システムで作り上げるなどの試みも行っています。
振動を均質に行き渡らせるような上記のシステムを採用していることにより、低音から高音までの全ての音が均質に、同じフェーズで響いているような整ったバランス感覚があり、どの音も互いに自然に繋がるような(ギターとしてはむしろ特異と言える)音響設計が実現しています。そしてそのフラットな音響の中で、一つ一つの音には表情の意外なまでの深さと多彩さがあり、また音楽的な身振り(スラ―、スタッカート、ヴィブラート、そして速い旋律等)における反応性も非常なものがあります。再びグレッグ・スモールマンとの比較で言えば、音量としてはオーソドックスですが各音の音像が磨かれたように艶やかで、音響全体の均質感もあり、演奏においては粒立ちの整った音がちりばめられてゆくような感覚があります。
割れなどの大きな修理履歴はございませんが、十分に弾き込まれており、全体に弾き傷やスクラッチ傷、衣服等の摩擦跡が多くみられます。表面板はセラックによる上塗り処置が施されており。現状は傷の凹凸等が目立たなくなっています。横裏板はオリジナルのラッカー塗装。ネックはほぼ真っ直ぐを維持しています。フレットは1~7フレットでやや摩耗がありますが現時点で演奏性に影響はありません。ネック形状は通常の厚みのDシェイプ。弦高は3.0/3.9mm(1弦/6弦 12フレット)でサドルには0.5~1.0㎜弱の余剰があります。640mmのスケールに加えてネックの差し込み角が浅いので、上記弦高値の割に左手は抑えやすく感じます。糸巻はカナダの高級ブランドRodgers製を装着しており、一部つまみに変形や欠損がありますが、現状で機能的な問題はありません。
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