ヘルムート・ブッフシュタイナー 1980年製

ヘルムート・ブッフシュタイナー 1980年製

ネック:マホガニー
指 板:エボニー
塗 装:ラッカー
糸 巻:ライシェル
弦 高:1弦 3.3mm/6弦 3.9mm

〔製作家情報〕
1940年オーストリア、グラーツ生まれ。1954年から弦楽器製作家のJakob Doriathのもとで修行を始め、めきめきと頭角をあらわすようになり、1957年にはジャーニーマン(徒弟制度を終了した職人)としての資格を得ます。この時期オーストリアのRosmeizel、ドイツの老舗メーカー Roger などに職人として働き、主にジャズギターの製作に従事していますが、ここでクラシックギターも製作も始めています。1961年には弦楽器、打楽器のマイスター称号を取得。1962年から2年間にイギリスに渡りエレキ、アコースティックギターの製作に従事、そして1964年から1966年までアメリカのニューヨークやシカゴでギターと弦楽器マスタービルダーとして現地のブランドと共同製作や修理に携わるようになります。1966年ドイツに帰国後はGIMA/Voss 社の工場長に就任し、主にアーチトップギターなどを製作。1968年には渡米前に働いていたノイマルクトの Roger工房を借りて自ら会社を設立しますが、最初は主に卸売り中心だったようです。1969年ごろからこの会社が経営をクラシックギターを含む多様なラインナップの製作と卸売りを行うブランド(b-ton)へと経営を拡大してゆき、その後は後進を育てながらクラシック、エレキ、アコースティック、弦楽器、古楽器など実に多様なジャンルで製作を続け、数々の賞を受賞。1985年には東京で世界の最もすぐれた10人の弦楽器製作者に選ばれるなど、その精緻極まる工作精度とバランスの良い音響は国際的な名声を獲得してゆきます。1989年からドイツ、ミッテンヴァルトにてヴァイオリン製作学校にて教鞭を執り、1992年からはオーストリア北部ハルスタットに移り、ハルシュタット大学木工芸科で教鞭をとる傍ら製作。

1980年代中頃に工房での不慮の事故で左手の指先を欠損してからは自身の製作本数は限定的になるものの、継続してすぐれた仕事を行っていましたが2010年に工房を閉鎖します。

そのキャリアにおいて、弦楽器、撥弦楽器の実に広範囲にわたる旺盛な製作を展開しており、ジャンルに応じて優秀な弟子たちを輩出した製作家ですが、クラシックではヘルマン・ハウザー3世、フリッツ・オベール、エドムンド・ブロヒンガーらがいます。

〔楽器情報〕
ヘルムート・ブッフシュタイナー製作、1980年製 Used No.64 の入荷です。ラベルにはNeumarkt St.Veit と記されており、当時工房のあったバイエルン、ノイマルクトで製作された一本。彼のモデルでは特に楕円形のサウンドホール仕様のいわゆるワイスガーバーモデルが有名ですが、本作は外観はオーソドックスなオリジナルモデル。しかしながら内部構造は独特で、複数のバーと扇状力木のコンビネーションを基本としながら、高音側と低音側とで完全にアシンメトリに作られています。サウンドホール上側に1本のハーモニックバー、そして下側は2本のハーモニックバーがやや高音側に寄った位置でX状に交差しており、しかもそれぞれのバーは細く高い切妻型と低く幅のある山型で加工されています。さらにこの2本が交差する箇所は一方のバーに開口部が設けられ、もう一方のバーがそこをくぐり抜ける方式で、お互いの長さも異なります。ボディ下部は5本の扇状力木がセンターの一本を境にして高音側に3本、低音側に1本やはり不規則に配置されています。ボトム部分は2本のクロージングバーが低音側のほうが長く加工されており、通常はV字(またはハの字型)に配置されるところちょうど「ヘ」の字型になるように配置され、これも左右非対称。ブリッジ位置には駒板とほぼ同じ範囲でやや厚めの補強プレートが貼られています。その他も低音側のみに一か所短い力木が(この一本のみが塗装処理もされて)設置されていたりと徹底していたりと徹底した精緻さが細部まで見て取れます。さらには表面板と横板との接合部分に設置されるペオネス(木製のブロック状のもの)も独特の形状をしたものが使われています。こうした配置構造と各部の加工などはジャズギターやアコースティックギターの影響もあるのでしょう。レゾナンスはG#の少し下に設定されています。

ハウザーに代表されるドイツ的エッセンスを感じさせる音響で、硬質で粘りがあり、一つ一つの音が濃密かつ粒が揃っている。木の振動を感じさせる有機物のようなスペインギターの発音と異なり、鳴らされた瞬間から洗練され整った音像が現れる感覚があります。それゆえ単音だけではやや無機質に感じられなくもない響きですが、曲になると音の透徹さはそのままに、実に多彩な表情を生むところはやはりさすが。しっかりした音圧もあり、ダイナミクスの振幅も十分です。

表面板サウンドホール周りなどはやや多めに微細な傷がありますが、打痕や摩擦跡など全体に年代相応のレベルと言えるでしょう。割れなどの大きな修理履歴はありません。ネックはほぼ完璧に近く真直ぐを維持しており、フレットは1~8フレットでやや摩耗見られますが演奏性には問題ございません。ネック形状は普通の厚みのDシェイプ。全体は出荷時のラッカー塗装、ライシェル製(白蝶貝ボタン)の糸巻もオリジナルのままで機能性に問題ありません。

あのワイスガーバーに準拠したモデルを製作し、ハウザー3世の道しるべとなった製作家だけに、ストイックな佇まいの中にその隅々まで豊かな発想と精緻な造作が行き届いた佳品です。

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